パニック障害・不安障害のカウンセリング

だれしも、ストレスにさらされたり、恐怖を感じるような状況に置かれると、不安や緊張を体験します。たとえば職場で毎日のように上司から叱責されるとか、あるいは山を歩いていて熊に遭遇するような状況では、かなりの不安が起こるのではないでしょうか? それは当然のことだし、ストレスに対する正常な反応だといえます。森で熊に出会ったのに、平然としていたら、命がいくつあっても足りませんね。

一方で、多くの人がなんともないような状況でも、強い不安や緊張を体験することもあります。それがあまりにひどくなると、病院で「不安障害(anxiety disorder)」や「パニック障害(panic disorder)」といった診断がつけられることもあります。

谷崎潤一郎とパニック障害

芦屋に縁の深い作家の谷崎潤一郎も、現代だったら不安障害やパニック障害と言ってさしつかえないような病気を抱えていたそうです。

『潤一郎ラビリンス〈1〉初期短編集』に入っている「恐怖」という短編には、谷崎が体験したと思われる「鉄道病」がテーマになっています。谷崎は、鉄道に乗るのが怖くてしかたがなかったのです。

汽車に乗り込むや否や、ピーと汽笛が鳴って車輪ががたん、がたんと動き出すか出さないうちに、私の体中に瀰漫して居る血管の脈摶は、さながら強烈なアルコールの刺戟を受けたときの如く、一挙に脳天へ向かって奔騰し始め、冷や汗がだくだくと肌に湧いて、手足が悪寒に襲われたように顫えて来る。

これはまさにパニック発作の描写ですね。発作に襲われたときには「誰か己を助けてくれェ!己は今脳充血を起こして死にそうなんだ」と心の中で叫ぶという描写もあります。あまりの恐怖に、進行中の列車の扉を開けて飛び降りようとしたり、非常報知器に手がのびるのです。やっとのことで駅について、電車を出ると、先ほどまでの恐怖や不安は嘘のようにどこかに消えてしまいます。

私の此の病気は、もちろん汽車へ乗って居る時ばかりとは限らない。電車、自動車、劇場――凡て、物に驚き易くなった神経を脅迫するに足る刺戟の強い運動、色彩、雑沓に遭遇すれば、いついかなる処でも突発するのを常とした。

とあるように、不安症状は鉄道だけでなく、雑踏や劇場などでも起こるようになったとあります。

谷崎だけでなく、精神分析療法を創始したジグムント・フロイトその人もまた、鉄道恐怖症だったことが知られています。作家でいえば、チャールズ・ディケンズも、鉄道事故の後、怖くて汽車に乗れなくなったそうです。ディケンズの場合は、事故のトラウマによるPTSD(心的外傷後ストレス障害)とも考えられます。

パニック障害とは

では、パニック障害とは、どのような病気でしょうか?

DSM-5というアメリカの精神医学の診断マニュアルでは、突然激しい恐怖や不快感を体験し、次に挙げるような症状が起こることを「パニック発作」と定義されています(診断基準としては、以下の症状のうち4つ以上)。

「パニック発作」が繰り返される、また発作に対して大きな不安や回避行動が生じていると、パニック障害の可能性が高くなります。

DSMで挙げられているのは、次のような症状です。

  1. 動悸,心悸亢進,または心拍数の増加
  2. 発汗
  3. 身震いまたは震え
  4. 息切れ感または息苦しさ
  5. 窒息感
  6. 胸痛または胸部の不快感
  7. 吐気または腹部の不快感
  8. めまい感,ふらつく感じ,頭が軽くなる感じ,または気が遠くなる感じ
  9. 寒気または熱気
  10. 異常感覚(感覚麻痺またはうずき感)
  11. 現実感消失(現実ではない感じ),または離人感(自分自身から離脱している)
  12. 抑制力を失うことに対する恐怖

パニック発作が何度も起こると、当然、「また発作が出るのでは」と不安になります。そのために、たとえば電車に乗るのを避けたり、人が多いところに行きたくないといったことが増えると、日常生活に支障をきたすようになります。

不安や恐怖といった感情体験だけでなく、生理的・身体的な変化や、認知、行動の変化が相互に関連しあって、パニック障害ができあがるのです。

生理的・身体的な症状

症状は、生理的・身体的な側面からとらえることもできます。パニック障害というと、一般的には「心の病気」に分類されることが多いのですが、単に「心が不安」なのではなく、自律神経系の乱れに起因すると考えられる身体的な症状がたくさん生じます。自律神経には、活動状態のときに働く交感神経と、休むときに働く副交感神経の二種類があります。交感神経は、緊張や興奮と関係していて、私たちがストレスや危機状況に立ち向かうときに活性化されます。副交感神経は、リラックスと関係しています。緊張はゆるみ、呼吸や心拍数はゆっくりになります。パニック発作とは、交感神経が過剰に興奮している状態ということができるでしょう(これらは、もともとは脅威にさらされたときに、身体が闘う、あるいは逃げる準備をするための反応です)。

認知的な症状

パニック発作におちいった人は、「呼吸ができなくなって窒息してしまう」「心臓が止まるのではないか」といったことを考えます。実際にはパニック発作で死んでしまうことはまずないのですが、「このまま呼吸や心臓が止まって死んでしまうに違いない」といったような思考が浮かんでくるのです。これは「破局的思考」と呼ばれています。「死んでしまう」と考えると、よけいに不安が大きくなり、身体症状も悪化するといったように、悪循環が生じます。

不安障害

さて、パニック障害とは、そもそもは「不安障害」の下位に位置づけられる概念です。以前は、強迫性障害やPTSDなども不安障害に含まれていましたが、DSM−5では別の精神疾患に分類されました(精神医学会でああだこうだと議論されながら、スーパーの棚替えみたいにときどき置き場が変わるのです)。現在、不安障害に含まれるのは、パニック障害に加えて、全般性不安障害や選択的緘黙、恐怖症、社交不安障害、広場恐怖などです。代表的なものを、いくつか紹介してみます。

全般性不安障害

全般性不安障害(Generalized Anxiety Disorder)とは、緊張や恐怖を常に経験していて、くつろぐことができなず、疲労感や不眠などで悩まされるような状態です。「こんな悪いことが起こるかもしれない」「あんなことになったらどうしよう」と起こりうるかもしれない問題をずっと心配し続けて、何かを決断したり、行動することが難しくなってしまいます。

広場恐怖

広場恐怖(Agoraphobia)という用語は、古代ギリシャ語で「市場を恐れる」という言葉に由来しています。商店街のような人が多いにぎやかな場所が怖い、あるいはバスやエレベーター、地下鉄といったような密閉された場所に恐怖を感じます。広場恐怖の人は、恐怖の対象となる場所を回避しようとすることが多く、日常の活動範囲が狭くなってしまいます。街中やバス、鉄道などの交通機関は、「危険」な場所として認識されてしまうのです。上で挙げた谷崎潤一郎は、広場恐怖ももっていたと考えられますね。

社会不安障害

社会不安障害(Social Anxiety Disorder)とは、日本でかつて「対人恐怖症」と呼ばれていたものと同じような症状を指している用語です。他人の前で、ひどい不安や緊張、恥ずかしさを感じて、「変な人間と思われないか」「笑われたりバカにされないか」と考え、社会的な場面を回避しようとします。

パニック障害・不安障害のカウンセリング

不安やパニック発作などで精神科、心療内科を受診した場合、医師による精神療法と薬物療法が行なわれることが多いと思われます。薬物療法では、SSRIなどの抗うつ剤や、抗不安薬などが有効だと認められています。

薬物療法のメリットは、効果が早いことが挙げられます。薬によっては耐性や依存性が問題となったり、あるいは副作用が出ることがあるので、使い方ややめ方を主治医と相談しながら進める必要があります。

ストレスへの対処法を工夫したほうがいいと思われる場合や、思考のパターン、人間関係などが症状に大きく影響している場合には、カウンセリングや心理療法が役に立つことがあります。

不安障害やパニック障害に効果があると考えられている心理療法のアプローチとしては、認知行動療法や対人関係療法、力動的精神療法などがあります。

たとえば認知行動療法は、不安につながる「認知」や「思考」を対象とします。先ほど挙げたような、「心臓が止まって死んでしまうに違いない」といった「破局的思考」を、ひとつひとつ検討して、「心臓の病気ではなくてパニック障害なのだから、それで死ぬことはない」などと思考を修正していきます。また、怖いと思って避けていた状況に、少しずつチャレンジしていくことも重要です(暴露療法などと呼ばれています)。

最近流行のマインドフルネスや、あるいは森田療法で言われるように、「不安な気持ちをあるがままに受け入れる」ことができると、不安はふくらまないものだと気づくかもしれません。

また、私たちが不安になることの中心には、人間関係があることが多いので、対人関係療法や力動的精神療法のように、人との間に起こっていることに注目するというアプローチが有効なこともあります。

それぞれのアプローチで強調しているところは違うのですが、統合的に考えると、

といった流れでカウンセリングが進んでいくことが多いと思われます。

また、単に不安がなくなればいいというものではありません。もしかするとあなたの人生にとって大切な何かを伝えようとしてくれているのかもしれないし、それこそが成長のための伸びしろかもしれないといった視点も重要だと私たちは考えています。

ユング心理学的に見れば、不安やパニック発作は、その人の魂が創造したものでもあるのです。

 

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