あたたかい手と冷たい手
『触楽入門』という本を読んでいたら、「あたたかい手と冷たい手、人に信頼してもらうにはどちらがいい?」という話題が取り上げられていました。
触覚が、思考や判断に影響を与えているということを明らかにした心理学実験が紹介されています。
イェール大学のジョン・バルグ博士たちが行った次のような実験です。
被験者に知らない人の写真を見せて、その人の人柄を評価してもらうのですが、その際に、被験者を2つのグループに分けて比較しました。
一方のグループの人たちにはホットコーヒーを、もう一方にはアイスコーヒーを手渡します。
すると、ホットコーヒーを手にした人たちは、アイスコーヒーを渡された人たちよりも、写真の人物を「あたたかい人だ」と判断することが多かったのです。
つまり、手で触れたものの温度が、写真の人物の判断に影響を与えたということになります。
ホットコーヒーが「あたたかい」ことと、写真の人物の人柄が「あたたかい」かどうかは、本来、関係ないはずです。
それなのに影響があるというのが、面白いですね。
ほかの実験も紹介されていました。温度感覚と信頼関係に関する実験です。
被験者に投資ゲームをしてもらう実験で、左のてのひらにあたたかいものと冷たいもののどちらかを置いておくのです。すると、冷たい温度刺激にさらされているときには、投資額が少なくなったのだそうです。つまり、相手を信頼する度合いが下がったということになります。
温度だけでなく、硬い-柔らかい、重い-軽いといった触覚も、私たちの思考や判断に、知らず知らずのうちに影響を与えているのです。
交渉の際は、柔らかい椅子に座ってもらったほうが、相手の態度は「軟化」するし、履歴書などの書類が重たい方が「重要人物」だと認識されることが多いということが、いくつかの実験で確かめられています。
「あの人はあたたかくて、信頼できる人だ」「冷たい人だよ」「態度が柔らかい」といったふうに、日常生活の人間関係を描写する言葉としても、触覚に関係することがよく用いられます。
大人になると家族以外の人間とは直接触れ合う機会は少なくなりますが、それでも触覚的なメタファーがよくつかわれるというのは興味深いことです。
テクタイル『触楽入門―はじめて世界に触れるときのように』朝日出版社、2016年
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