精神分析とゲシュタルト療法における経験と理解に関する対話

こんにちは。

イタリアのゲシュタルト療法の研究所(the Istituto di Gestalt HCC Italy)のサイトに、精神分析家のドナ・オレンジさんと、ゲシュタルト療法家の対話が掲載されていたのを読んだので少し紹介します。

DIALOGUE ON EXPERIENCE AND COMPREHENSION IN PSYCHOANALYSIS AND GESTALT PSYCHOTHERAPY

精神分析とゲシュタルト療法における経験と理解に関する対話

https://www.gestaltitaly.com/contents/freeaccess/20181120_Spagnuolo_Orange_Bocian.pdf

ドナ・オレンジは、間主観的なアプローチで日本でも知られている精神分析家ですね。

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D.M.オレンジ/G.E.アトウッド/R.D.ストロロウ『間主観的な治療の進め方ーサイコセラピーとコンテクスト理論』丸田俊彦/丸田郁子訳、岩崎学術出版社、1999年

この本はとても面白かった記憶があります。

それで、この対談では、Donna Orangeとゲシュタルト療法家のMargherita Spagnuolo Lobb、Berne Bocianの3人が、ゲシュタルト療法や精神分析における経験や理解について話し合っています。

イタリアのシチリア島にあるパレルモという街で開催された“Compassion in the psychotherapeutic relationship”(心理療法関係におけるコンパッション)というテーマのカンファレンスの間に行われたインタビューとのこと。Donna Orangeはこのカンファレンスのゲストで、Berne Bocianは基調講演者の一人だそうです。Berne Bocianさんは、精神分析とゲシュタルト療法を橋渡しするような役回りをしているらしい。

最初に、心理療法における「体験」と「理解」について議論されています。ゲシュタルト療法は、「体験」ということをとても重視した心理療法です。よく知られているのは、エンプティ・チェアなどの演劇的なアプローチですが、姿勢や呼吸に注目したり、自分の身体の緊張感に気づくといった小さなことからも、その人の新しい側面や、十分に生きられなかった部分を体験することができます。ゲシュタルト療法でしばしば用いられる「実験」も、新しいことを体験するための手法です。

MargheritaさんがDonnaさんに「あなたのセラピーでは、理解や経験をどれくらい重視しているのですか?」と尋ねています。

Donnaさんは、古典的精神分析では意味や理解をとても重視していたが、現代の精神分析は経験や経験の現象学に大きな関心を向けていると答えています。そして、経験することから理解(意味)に到達することも多いので、この二つは矛盾するものではなく、どちらも必要だと述べます。ゲシュタルト療法家が提案するような「実験」はしないが、精神分析のプロセス全体が一つの大きな実験だと考えているのだと。

Berneさんは、「説明しかできない(知的な)解釈」が効果的ではないことは、精神分析でも共有されてきていること、シャンドール・フェレンツィやオットー・ランクといった分析家が変化には感情体験が必要であると主張してきたことなどを話していました。ゲシュタルト療法は、ある意味で、誇張されたラディカルな精神分析だとも述べられています。

その後のやり取りで興味深かったのは、ゲシュタルト療法の介入の早さの話題でした。フリッツ・パールズはクライエとに自己のさまざまなパートや両極性を演じさせたり、対話させることで、短期間に大きな効果のある介入を行いました。対して、精神分析は週4日のセラピーを何年も続けていたら生じることに焦点を当てる傾向があります。昔と比べてクライエントが傷つきやすくなっているのだとしたら、強力な介入には慎重であった方がいいとか、そもそもクライエントの層が違うから、それぞれのアプローチが適した人がいるんじゃないとか、そんなやりとりのようです。

で、このカンファレンスでDonna Orangeさんも公衆の前で一度だけのセッションを行ったとのことでした。

Donnaさんがクライエントと皆の前で行ったワークについて、「ぜんぜんニュートラルじゃなくて、愛情と敬意をたっぷりクライエントに与えていた」「むしろゲシュタルト療法ぽかった」なんていうコメントがあり、それに対して、Donnaさんは「私はあまりニュートラルじゃないんですよ」と笑って答えています。

「中立性」という言葉には、倫理的な側面や、科学的な理想、先入観を持たないといったいろんな意味があるよね、といった話で対談が終わっていました。

このインタビュー、動画も観ることができます。

何年か前に、エサレン研究所から来たゲシュタルト療法家のワークショップに参加したときにも、ストロロウの間主観性理論の影響が大きいといった話が出ていました。ゲシュタルト療法は、もともと、古典的な精神分析のリジッドさへの批判からパールズらが発展させてきたという歴史的経緯があります。だとしたら同じく古典的精神分析を批判的にアップデートしてきた現代精神分析と近いところがあるのも当然なのかもしれません。

そういえば、これも以前参加した、AEDPのワークショップでのデモセッションも、ゲシュタルト療法やフォーカシングのセッションとよく似ていました。

フォーカシングのユージン・ジェンドリンが言った言葉らしいのですが、「うまくいっているときはどの学派のセッションも皆、とてもよく似ている」のだそうです。

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