七夕の物語
かささぎに縁の深い七夕がやってきました。
いつも働いている病院の外来でも、壁に「元気になりますように」「やせますように」といったお願いごとが書かれた短冊がいくつも貼られています。
七夕説話には数多くの物語がありますが、今日は『天雅彦物語(あめのわかひこものがたり)』というストーリーをご紹介します。「七夕」という名もある室町時代の異類婚説話です。七夕といえば彦星と織姫ですが、その彦星の本名が天雅彦なのです。
昔々、長者の家にやくざな大蛇が現れて、娘を嫁に渡さなければ酷い目に合わせると脅しました。三人姉妹のうち末の娘が泣きながら了承し、大蛇に嫁入りすることになりました。大蛇は末の娘に自分の頭を刀で切り落とすように命じます。娘が大蛇の頭を切ると、大蛇はなんと美男子に変身します(このあたりはグリム童話の「金の鞠」と似ていますね)。この美男子こそが天雅彦なのです。
昔話の常として、目の前の男がイケメンであるならば、さっきまで蛇でも関係なく娘と天雅彦は恋に落ちます。けれども出会いがあれば別れもある、というこれまた物語のお決まりによって、天雅彦は娘を残して天に帰っていきます。天雅彦は「すぐに帰ってくるから心配しないで。もしものときはこの豆を使って天にくればいい。でもこの唐櫃だけは開けないでね。開けると僕はここに帰ってこれなくなるから」と適当なことを言って昇天します。いそうですよね、こういう男。
この「見るなの禁」を破るのは娘じゃなくて、その姉たちです。昔話にはたいてい何人かの兄弟姉妹が登場しますが、心理学的に見ればこれはその人の別の自我状態(ego state)とも言えます。「決して開けるな」と言われたものは開けられる運命なのです(いわゆる「チェーホフの銃」ですね。フラグが立つと言ったほうがわかりやすいか)。
姉たちが唐櫃を開けてしまうと中から煙が一筋。浦島太郎を思い出します。この唐櫃はどこでもドアのような類いの道具だったのでしょうか、これで天雅彦は地球に帰ってくることができなくなってしまいました。
この物語の主人公は、基本的には娘です。娘が天雅彦にもらった“一夜ひさご”という植物の豆を植えて水をやると、それは一晩で天まで蔓をのばします。『ジャックと豆の木』みたいな話ですが、天まで届く蔦を伝って宇宙にやってきた娘は、ゆうづつやほうき星、すばる星などを渡り歩いて天雅彦を探します。ゆうづつというのは金星のことですね。すばる星は牡牛座の一部であるプレアデス星団を指しているそうです。「星はすばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星、すこしをかし」(枕草子)といった感じで宇宙の旅を続けて、ついに宇宙の果てで天雅彦と再会します。
これで二人は結ばれると思いきや、天雅彦の父親は実は角の生えた鬼でして、息子と人の娘の結婚などとても認めそうにありません。それどころか見つかるとぺろりと食べられてしまいそうです。天雅彦は娘を扇やら枕やらに変身させて隠そうとしましたが、ついに鬼のお父さんに見つかってしまいます。鬼のお父さんは「天雅彦と結ばれたければ」といくつもの難題を娘に課します。何千頭もの牛の世話をしろとか、ムカデや蛇の部屋に閉じ込めるといった嫁いびり。天雅彦は直接父親に反発することはできませんが(このあたりもちょっと頼りない感じです)、フォースの力でこっそりと手助けしたので、娘はなんとかこれらの難題を解決します。鬼のお父さんも「じゃあ別居婚で月に一度会うくらいならよしとしよう」としぶしぶ認めてくれます。ところが娘は「月に一度」を「年に一度」と聞き間違えてしまいます。天まで思い人を追いかけるといった行動力はある娘さんですが、どうもかなりそそっかしい人のようです。鬼のお父さんが瓜を投げるとそれは天の川になりました。こうして娘(七夕姫)と天雅彦は年に一度だけ、かささぎが翼を並べて天の川にかけた橋を渡って再会することができるようになりました。
ジョージ・ルーカスもびっくりしそうな破天荒なスペース・オペラです。七夕説話にはいろんな異話がありますが、その中でも女性が宇宙で活躍する面白い物語でした。さてさて、今夜はどんな星空が見えるでしょうか。
七夕説話にあやかって「かささぎ心理相談室」と名づけたので、縁結びや復縁には多大な効用のあるカウンセリングルームと評判です。というのは嘘ですが、ご夫婦やパートナーのご相談も承っていますので、神戸・芦屋・西宮あたりで臨床心理士のカウンセリングをお探しの方は、ご検討いただけましたら幸いです。